「投資」
僕は仕事を辞めて7か月程無職で過ごしましたが、
今のところ資産の目減りは生活費も含めて、
6月1日から20万円程度です。
サブプライムでかなり怖い思いもしましたが(^-^;
最近は投資の記事は書かないようにしようと思っ
ていたのですが、
リックルハングさんの記事を
読ませていただいて思う所があり書くことにしました。
「投資が先、消費は後」
↑名言だと思います。人生って考えると全て
投資だと思うんです。投資である以上、
ある程度のリスクは覚悟しなければならない。
そのリスクをとることができなければ何も行動
できないと思うのです。
「何も行動できなければ結局他力本願にならざるを得ない。」
「他人に頼った生き方は自分の人生を生きているとは言えない。」
と思うのです。
僕は、リスクを最小限に抑える事はできるが、
どうしても回避できない「事故」は必ずやって
くると思っています。そこにどう向き合うかが
大切だと思っています。
投資と言えば「株式」だと思われがちですが、
他にも色々あるので実際に勉強してやってみると
いいのになぁ〜と、周囲の人に対して思います。
収入を得ながら納税せずに済む方法もあります。
ただ知識を得るだけで良いのですが、僕の周囲の
人には理解して貰えません。
(理解してもらおうとは思っていませんが)
これは「自動車に乗るのは危ないから嫌だ」
と言っているに等しいと思います。
何にしても、「知識」を「得て」「活用」する。
これが全てだと思います。

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「積み重ね」
自分の姿を鏡で見てみる。
この今ある姿は過去の選択の「積み重ね」の結果です。
満足しているだろうか?
1か月に1万円貯金していたとすると、
1年前に比べて
現在は間違いなく12万円貯まっています。
1万円貯金していた「積み重ね」の結果です。
12万円持っている自分と、持っていない自分。
どっちが満足できるだろうか?
1日に1時間勉強していたとすると、
1年前に比べて
現在は間違いなく365時間勉強した事になります。
これは間違いの無い事です。
一つの事に目標を絞り、
ただひたすらに「積み重ね」る。
どんなに地位があり、豊かな人間であっても、
365時間という時間は1日では貯まりません。
人生の中で最も強力な力は
「積み重ね」るという事です。
これは間違いがありません。
何もしない自分、
何も考えない自分、
何かに取り組む自分、
何かを探究する自分、
これらも「積み重ね」
あなたは何を「積み重ね」ますか?

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「小さな幸せ」
幸せですか?
僕は幸せです。
いつからか、僕は小さな事に幸せを
感じる事ができるようになりました。
おいしいご飯を食べたら幸せ。
ゆっくり眠れたら幸せ。
お気に入りのテーブルでコーヒーを飲めたら幸せ。
大好きな人ととりとめのない話をしていたら幸せ。
お気に入りの音楽を聴いていたら幸せ。
大笑いしていたら幸せ。
小さな幸せを大切にして下さい。
幸せに意識を向けましょう。
幸せになるのにお金は要りません。
幸せになるのにモノは要りません。
幸せになるのに理屈は要りません。
どんな状況でも幸せになれる。
それに気づくことができれば真に豊かになれます。
小さい幸せに気づく訓練をしましょう。
まず、あなたが幸せになり、
自分を好きになって下さい。
「幸せだなぁ〜」
と口に出して言って下さい。
周囲に幸せを広げていきましょう。
あ〜。幸せ(^-^)

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「議論」
昔の僕もそうでしたが、
いわゆる「議論好き」には
ただ単に議論の相手を「やり込めてやろう」とか
「ぐうの音も出ないようにしてやろう」とか
そんなものを感じてしまいます。
最近ずっと読んでいる本にこんな事が書いてありました。
「二宮翁夜話」
「議論が達者で人を言い負かせればそれで学者の勤めは立つと考えている。
だが、本来は他人に対する思いやりや慈しみの心、
つまり「仁」を勤める事にあり、弁舌で人に勝つのが道じゃないんだよ。」
(一部編集)
「何の為に議論するのか」という話だけど、
「議論」は「手段」であって「目的」ではないという事です。
大半の人は「そんな事はわかっている」
と言うかもしれません。
でも、「わかっていても」
どこからどこまでが「建設的な議論」で
どこからどこまでが「相手をやり込める為の議論」か
線引きを決めるのは難しいと思うのです。
相手の言っている事の真意を理解しようとせず、
表面の言葉や文字に対して反応する。
お互いにそうだから平行線をたどる。
僕も偉そうなことは言えないですが・・・(^-^;
文字に書いていない相手の真意を読み取るのは難しいです。
でも何よりもそこが大切だと思うのです。
そして、「思いやりと慈しみの心」
相手をやり込めてしまう気持ちは楽ですが、
相手を理解して受け入れる事は難しいですが、
そこから先に「真に進む道」があると思うのです。
人は比較の世界で生きています。
「違う事」を受け入れて、
「自分たちの真に向かう場所」
へ向かおうと思うのです。

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「信じる」
サンタクロースを信じますか?
神様を信じますか?
前世を信じますか?
宇宙人を信じますか?
幽霊を信じますか?
「また胡散臭いのが始まった」
と言わずに読んでみてください(笑
こういった事に対して僕が考えているのは
「居ない事を証明できない以上否定できない」
という事です。
むしろ、「居る」もしくは「在る」くらいに
思っています。
良くテレビや雑誌、その他のメディアで
「私の前世は天草四郎だ」とか、
「私の前世は仏陀だ」とか、
「私の中には観音菩薩が居る」とか、
「火星人の住民票が有る」とか、
言う人がいますが、
それはその人がそう信じれば良いと思うんです。
僕は「信じる」という行為はとても重要だと思います。
そして、
人は「信じる」という行為で強くも弱くもなります。
「信じる」という行為はその人の見る世界の数を
増やす行為だと思うのです。
ただ、「信じる」にしても
その信じる世界を狭くしてしまう「信じ方」
というものがあり、それは勿体無いなと思います。
例えば、
「私の前世は天草四郎だ」とか、
「私の前世は仏陀だ」とか、
「私の中には観音菩薩が居る」とか、
「火星人の住民票が有る」とか、
「キリスト教の神しか認めない」とか、
「イスラム教の神しか認めない」とか、
「お金こそ全て」とか、
「愛こそ全て」とか、
そういった事です。
僕は他人が信じている事に干渉するつもりはありません。
ただ、何かに「限定」してしまう信じ方は
その人が見る世界を狭くしてしまうと思うのです。
信じる人がそれで良いと思えばそれで良いのですが。
それと、「私は何も信じない」という人が居ます。
そいう人は「私は何も信じない」という、
ひどく限定された世界を「信じて」います。
それで良いと思えばそれで良いのですが。
世の中に「信じていない人」は一人として居ません。
僕達は日本に居て日本のお金で「物」を購入
できる事を信じています。
日本人は日本人だという事を信じています。
信じれば良いじゃーん。
という事です(笑
人は「信じる」という行為で強くも弱くもなります。
僕はどうせなら「強くなりたい」と思います。

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「矛盾について」
僕は昔から屁理屈マンでした。
すべての理論はなんの乱れもなく、
整然とこの世界を形作っていると
思っていました。
何年か前に「本当にそうか?」と
考えたことがあります。26〜27才
くらいの時でした。その結果
「理屈で考えれば考えるほど、
理屈では解決できない事が多い」
という結論がでました。
これは理屈はどうでも良いという
事ではありません。
僕は今でも物事を理屈で説明
できるようにしておく事はとても
重要だと思っています。
自分が何故そう思ったのか?
自分が何故そう行動したのか?と。
ただ、その自分の思考の根拠や
行動の根拠は、それがでてきた後に
自分が作り出したものだという
事だと思うのです。
何事も理詰めで考えていくと、
ある程度のところへは
到達できるのですが
どうしてもどこかで矛盾が
出てきてしまいます。
例えば、
「理屈は大事だけど、大事なのは理屈ではない」
とか、
「言葉は意味を持っていないが、
言葉の定義が正確でないと議論ができない」
というような事です。
明らかに矛盾していますが、
これは、僕の中では矛盾していません。
長くなるのでこの二つについてはまた別の記事で。

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「言葉」
言葉とは?
僕は言葉には「意味が無い」
と思っています。
辞書等に載っている言葉の「意味」
はこれから先変わっていきます。
「言葉」自体も変化します。
英語を日本語に訳していたりしますが、
英語は日本語に変換できる
ハズは無いと思うのです。
「意味」とは使う状況で変化するものです。
だから行間を読む必要があります。
書いた人の気持ち。
わかります?
僕の気持ち(笑)
同じ言葉でも使っている人により
意味が違っていたりします。
例えば、
「勉強した?」
という文章の意味は
お母さんが子供に向かって
非難の「意味」を込めて言うかもしれません。
または、
学校の友達がテスト前に
自分の勉強不足を他人と比較する為に聞く
目的の「意味」で使われるのかもしれません。
それでも、
やっぱり人間は「言葉」を使って
意思疎通をはかります。
言葉は重要だけど、
一番大事なのは「行間を読む事」
相手の言葉の「意味」を理解する事。
言葉の奥には「感情」があります。
文章を読んでいるとその人がどんな人か
とても良く伝わってきます。
それでも書き言葉は難しい。
「文字」しか見えないから。
僕は記事を書いて後から読み返して
「しまったなぁ」
と思うことがよくあります。
僕の文章を読んで不快に思う人がいたらごめんなさい。
そんなつもりで書いたのではありません。
会話ならまだ伝えられるんでしょうけどね。
言葉には「意味」は無いけど、
相手の発する言葉から
「意味」を見出す事が重要だなぁと
思ったので書いてみました。

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「無題」
僕たちが生まれたとき、
この世界が与えられた。
僕たちが生まれたときから
時計が時を刻み始め、
「役目」が始まった。
僕たちが生まれる前までに
すべてのものが凝縮されている。
僕たちが生まれたときから
「有」と「無」があり、
「有」は「無」へ向かい
流れていくようになった。
そして、
「生命」という名の電気信号は、
その「流れ」に逆らうように、
何かから「命令」された。
その「命令」さえも
「有」から「無」への流れだった。
その大きな「流れ」は
多くの「生命」を乗せ
進んでいく。
「命令」に従い
「流れ」に逆らうが、
いつか、僕たちは「役目」を終え
死んでいく。
時計は時を刻むのを止める。
流れは無くなる。
「想い」だけを残して。
そして、
「想い」は残り続ける。
いつか、新しい「役目」が始まるまで。
想いだけがある。
他に何も無い。

いつも見に来てくれてありがとうございますm(___)m
「矛盾」
アレが正しい、コレが正しい、
アレが間違ってる、コレが間違ってる、
この世の中は矛盾だらけ。
人間の理性で考えると
頭がオカシクなりそうな不条理な事バカリ。
はい。
「何故、あんなに良い人が先に逝ってしまうのか」
「何故、あんな拝金主義者が市長なのか」
「何故、こんなに頑張ってるのに誰も認めてくれないのか」
「何故、あの程度のやつにこんな事言われないといけないのか」
「何故、あんな小さい子供が殺されなければならないのか」
「何故、何故、何故、、、」
はい。
僕たちは僕たちの矛盾を受け入れる事ができるだろうか?
何故こんなにも「道理」が氾濫しているのだろうか?
「道理」の数だけ「矛盾」があるんだろうか?
人が生きていく上で
全てが人類の都合良くいくわけない。
はい。
「このわけのわからない世界」
これ自体、人間の知性、理性、理屈の範囲を超えている。
そのわけのわからない世界に住んでいる僕たちは、
そのわけのわからないものを受け取り続けている。
それが「良い」か、「悪い」か、
受け取った人が勝手に決めれば良い。
僕はもう少し自分が信じているもの以外のものを認めてみよう。
怒鳴ってみよう、大声でわらってみよう、そして、
怒りを、悲しみを、妬みを、喜びを、恐怖を、欲望を、
抱きしめてみよう、手放してみよう、
置いてみよう、手渡してみよう、
ソレが良かったか、悪かったか、僕が決める。
意味がわからない?
それはあなたが決めて下さい。

いつも見に来てくれてありがとうございますm(___)m
「担保定額貯金」
僕の家庭と他の家庭で一番違う所があるとしたら、
「お小遣いが無い」
という所でしょうか?
プロフィールにもあるように
あまりお金のかかる趣味も無いし、
お金をかけなくても幸せでいられるので
「別に要らないかな」と思っています。
7月26日(今度の木曜)まで
のにーが帰省しているので
その分のお小遣いは貰っているのですが、
大体いつも余るので余った分は返還します。
なので僕にはヘソクリなるものがありません。
(のにーにはありますが・・・)
前職では職場に財布すら持って行きませんでした。
郵便局の商品で「担保定額貯金」
というのがあります。
「担定」と呼んでいました。
「ぱるる」の後ろについてる定額貯金なんですが、
前の通常貯金の残高が0以下になると
自動的に後ろの「担定」から貸付をして
「担定」の額面の9割まで
マイナス表示ができる貯金です。
郵便局員って
「公務員で安定してるから貯金もいっぱいある」
なんて思っているかもしれませんが、
そんな人も中にはいるんでしょうが、
僕が東京で働いていた時は
僕の周りにはあまりいませんでした。
みんな飲み会が好きで、
スノボが好きで、
旅行が好きで、
マンションが好きで、
みんな良い人ばっかりだったけど、
20年近く仕事をしていても
借金しか残っていない
という人もいれば、
「ぱるる」の残高はボーナスが来るまでずっと
50万近くマイナス表示でボーナス貰っても暫く経つと
元の木阿弥って人もいました。
僕はずーっと疑問に思っていた事があります。
「担定」から貸付を受けてマイナス表示になると、
「担定」の利率プラス0.25%の
利息を取られ続ける事になるのです。
なのに何故、ずーっとマイナスにしておくのか?
それなら最初から「担定」を利用する意味があるのか?
そもそも「担定」の存在意義って何だ?と。
自分の預けているお金の90%を限度に
貸付しているってなんか変じゃないですか?
自分の預けているお金なのに利息をとられるなんて。
僕は最初郵便局の罠だと思いました(笑)
利率の良い貯金を解約しなくて済むと
いう考え方もあるんですが、
「何年も借り続ける事」
にはデメリットしか無いですよね。
利息取られるばっかりなんだから。
そこで僕は僕なりにこの「担定」の意味を
見出そうとしました。
「10万円だけ担定にいれてできるだけ
マイナスにならないように生活しよう。」
マイナスになった月は大変でした。
毎月、大抵同じだけ入ってきて、
大抵同じだけ出ていくのです。
マイナスになったらなんとか切り詰めて
プラスにしなければなりません。
1万円のマイナスをプラスにするのも大変でした。
ここで僕は「借金を返す」事の大変さを知りました。
わざわざ担保定額の利率を低いものに
預け替えとかしていました(笑)
僕は自分が生活をするのに
最低限必要な額を把握しておく事が
とても重要だと思っています。
そして昇給や増収と共にソレも上昇しないように
気をつけなければならないと思っています。
今でもそれは変わりません。
そして、もう一つ、
自分の食べる飯、住む場所、着る服に関しては
「自分の働いたお金で賄うべきだ」
と考えています。
投資で入ってきたお金、副業で得たお金、貰ったお金、
そういったものは極力、再投資又は、
貰った理由の貯えにに回します。
(例えば子供のお祝いだったら子供の貯金口座に)
良く、「お金は汗水垂らして得るものだ」と言いますが、
僕は本当に幸せになる為には、
汗水垂らして働くとか、
お互い理解し合うとか、
相手の立場を考えて話し合うとか、
そんな事も重要だと思いますが、
同時に家庭の為にお金を減らさないようにしたり、
お金を労働以外で増やすようにしたりする事を
考える事も重要だと思います。

いつも見に来てくれてありがとうございますm(___)m
